想い出を溜める貯金箱
江戸っ子で気が短い私は、子供の時から貯金箱というものが苦手で、お金がたまる前に忘れてしまうのが常でした。
貯金箱って、不思議なモノです。
自分で買った記憶もないし、誰にもらったかも思い出せないのに、なぜか家のどこかにちょこんと置いてある。
それはイタリアでも同じでした。
ただ、日本と1つ違うのは、あちらこちらで見るコロンとしたテラコッタの貯金箱。
イタリアで、初めてテラコッタの貯金箱を見た時、それが貯金箱であることさえ分かりませんでした。テラコッタの貯金箱は、自分の家を含め、親せきや友人、色々な人の家にあったけど、その存在にあまり意識を向けることがありませんでした。
遺跡から発掘された土器みたいな貯金箱、確かにシンプルで心惹かれる形ですが、貯金箱と言うだけで興味が持てなかったのかもしれません。
このテラコッタの貯金箱と私の距離がぐっと近づいたのは、ある照明会社が行ったオープニングで、この貯金箱を開店祝いにいただいた時です。
その日の夜、私のパートナーは、このテラコッタ貯金箱をテーブルの上に載せて眺めながら、しばらく考えてまじめな顔をして言いました。
「1回キスするごとに1コイン入れよう」
その後、日ごと重くなっていく貯金箱を両手で持って「どのくらいたまったかな」とゆすってみるのが楽しみになりました。
こんなにたくさんのキス!
ころんと手に収まる形のかわいさと、テラコッタの優しい肌触りに自然と微笑みがわいてくるものでした。
この貯金箱には蓋がないので、トンカチで割るまで開けることができません。ずいぶん前の話なので、貯金箱が一杯になるまでどのくらいの時間がかかったか忘れてしまいましたが、ある日一杯になった貯金箱を2人の間において、記念のキスをして、トンカチでテラコッタを割りました。
寂しいような、嬉しいような複雑な気持ちでした。
それ以来、このテラコッタの貯金箱が大好きです。
この貯金箱はお金を貯めるためではなく、想い出を溜めるためにあるのです。