きっちり、それとも不揃い?

日本にいた時、家にたくさんの木製品がありました。漆や木彫りの器、お盆、まな板、スプーンをはじめとするカラトリー…。

それらすべてが、きちっとしていました。

高級なものから手軽な日用品まで色々あったけど、全てに共有しているのは、機械で作ったようにきちっとしていること。ろくろで手作りのものも、手彫りのものもあったはずだけど、それらすべてが、全く非の打ち所なく、きちっと同じでした。

だから、日本にいる時の私にとって、木製用品はきちっとしたものでした。

 

そしてイタリアに来ると、こちらの木製製品は、きちっとしていないのです。

中国製かな、とか、あっこれは工作機械で作ったな、と一目でわかる味気ないものを除くと、同じ商品でも、不ぞろいのものばかり。節が出ているものから、木目やスプーンの曲線が違うもの、そして時には節部分に穴が開いてしまっているものまで色々。

イタリアに来てしばらくは、そんな木製商品が、ちょっといい加減で、心をこめずに作ったもののような気がしたけれど、時と共に、不ぞろいのものたちに愛着がわいてきました。

それは、自己主張が強くわがままだけど、愛らしく温かいイタリア人の国民性を愛するようになったのと同じころだったかもしれません。

そして、今では、イタリアのあちらこちらで購入した不ぞろいだけど愛らしい木製用品が家にたくさんあります。

マルシェや田舎の小さな町の小さな店で見つけた木製商品たち。同じようなものがたくさんある中で、心込めて作られたものは、あっこれ、と見分けられるようになります。

 

「Memories of Italy – イタリアの想い出」の木製商品を作るリカルドに出会ったのは、実はたった1年半前なのです。

共通の友人の紹介で、ミラノのHands on Design(私たちが首謀するブランド)のショールームに来たリカルドは、入口のドアの上枠に頭をぶつけそうなほど長身で、シャイな瞳を持つ青年でした。

 

 

彼だからこそ持ち運べる巨大な袋の中に入った彼の作品を、マジシャンのように一つずつ出してはテーブルに並べて行くリカルド。

かわいい。

一つ一つ形の違うスツール、サービングボード、小さな彫刻のような置物、それらは、子供に戻って、使い道も考えずに、触ったり、重ねたり、倒したりして遊びたくなるような、言葉にできないかわいさがありました。

その時から、私は彼の作品の大ファンです。

リカルドのストーリーを読んでいただいたらわかるように、彼はもともと建築家でロンドンのスタジオで何年も修行をしていました。その後いろいろありイタリアに戻るのですが、すぐに電気もない山小屋で6か月一人暮らしをします。

その時の経験で、自然やシンプルな生活の大切さに気付いたというリカルド。彼の作品が魅力的なのは、建築家としての訓練によるロジックさと、多分、山小屋の生活で得た「心」の両方が溶けあっているからだと思います。

 

 

「Memories of Italy – イタリアの想い出」では、まず2種類のサービングボードから紹介します。

このサービングボード、ぜひ3種類の大きさをそろえていただきたいです。

厚みがあるので、立てておくことも可能です。3つ一緒に立てておくだけで、まるで優しい木の彫刻のようで、家の一角があたたかくなります。

一番小さいボードのかわいさ。

そこにおいて見るだけで、手に取って撫でるだけで、つい微笑んでしまうようなかわいさです。

これは、実用と言うより、小さなアート作品と呼んでいいのかもしれない。

 

細長のサービングボードも素敵です。

イタリア人の彼が、サラミ用に考えたボードですが、お寿司やおつまみ、またはスイーツにもピッタリのこのボード、紐がついているので、ご使用以外の時は壁に掛けていただくのも素敵です。

イタリアに来て好きになった、不ぞろいの木製商品。

人生の色々な段階で通り過ぎた場所で買ったものたちのなかで、リカルドの作品がどんどん家の中で増えて行って、それらにまた新しい想い出が刻まれています。

 

Artisan's story